手術・入院生活:R3年6月28日〜8月17日

7月20日 入院23日目 口の中がしょっぱい

ストレスかデパスの離脱症状か分かりませんが、とにかく口の中がしょっぱくてたまりません(汗)

そして水を飲むと異様に甘く感じます。

こんな状態なので口の中が気持ち悪く、常に唾液をティッシュにはいていました。

本当にこの入院中はいろんな症状が出てきて辛かったです(泣)

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7月19日 入院22日目 デパスの副作用?それとも離脱症状?

私は入院すると環境の変化から寝ることが出来なくなる為、眠剤とデパスという抗不安薬を処方してもらいます。

どんな薬にも副作用があると思いますが、もちろんデパスにも副作用があります。副作用の出方にも個人差があるので一概に「この薬を飲んだらこんな症状が出る」とは言いにくいのですが、私の場合はデパスを飲み続けていた場合、飲む間隔を空けると「口の乾燥」や「原因不明の不安感」「動悸がする」などの症状が出ます。

入院して22日間デパスを飲んでいたのですが、この頃から入院が長引いているストレスからか、または睡眠が思うように取れないストレスからか、デパス1錠では不安感を抑えられなくなってきました。

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7月18日 入院21日目 個室でテレビ三昧、点滴三昧。

前日のカテーテル地獄を乗り越え、トイレ地獄は継続したまま、今日も点滴三昧の1日がスタートしました。

何種類点滴すんねん!っていうくらい点滴します。

  • 水分の点滴
  • 高カロリーの点滴
  • 抗生物質の点滴
  • 貧血を補う点滴
  • DICの症状を治療する点滴

とめちゃくちゃ薬を体の中にぶち込まれます。
しかも絶食状態なのでだんだん口の中が薬っぽい味がするような感覚に襲われます(汗)

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7月17日 入院20日目 尿道カテーテルを麻酔無しで入れて悶絶した

1日に3リットルもの水分を点滴で入れているとマジでトイレに行く頻度が爆上がりします。

通常成人がトイレに行く頻度って1日5、6回で1回につき150ml〜200mlのオシッコが出るそうです。
でも私の場合、最初の頃は1時間半くらいの間隔で1回250mlくらいのオシッコが普通に出まして、多いと1回で600mlもオシッコが出ることもありました(汗)

この尿量で大体10回〜12回くらいトイレに行くのです。まだ日中起きている時はいいのですが、夜寝る時もこのペースでトイレに行かなくてはならないので睡眠が取れないのです。

敗血症の熱で死にかけ、DICが合併して死にかけ、急性腎障害でオシッコがコーラ色になり、それらを乗り越えたと思ったらトイレ地獄の寝不足で精神が死にかけるという事態になりました(泣)

このトイレ問題を何とかしないとマジで寝れなくて精神崩壊すると思ったので先生に相談してみました。

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7月16日 入院19日目 4人部屋から個室へ移動

この日私は4人部屋から個室に移動する事となりました。

というのも、空いていたベットに移ってきた患者の方がつけている芳香剤?消臭剤?の匂いがとてつもなく臭く、その匂いで夜中に何度も気持ち悪くなり嘔吐を繰り返してしまいました。

せっかく熱も下がってきており、ゆっくり休めるチャンスなのに匂いでそれどころではありませんでした。

看護師さんに窓を開けてもらうなど対策をしていただきましたが、定期的に匂いが漂ってきてその度に嘔吐するような有様でした。

我慢の限界で「部屋を変えてほしい」と頼むと「今お部屋は個室しか空いていないんです。それでも宜しいですか?」との事でした。個室は良いお値段がするのは分かっていましたが、この空間にいるよりはマシだと思い。「それでお願いします。」と承諾したところ、早速この日の朝に個室に移動することとなったのです。

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7月15日 入院18日目 不安との戦い

熱はだいぶ落ち着いてきており、37度台前半をキープしておりました。

しかし、この日の血液検査の結果でも腎臓の値(クレアチニン)は依然として高いままでした(汗)

抗生剤は最低2週間は継続、腎臓を守るため輸液も手術までは大量に投与(およそ3リットル)、トイレは1時間半から2時間に1回は行かなくてはならない、DICの治療のための薬剤も引き続き投与継続と、とにかく敗血症と合併症の治療には終わりが見えません。

しかもベットから動けないためずーっと1人ベットで横になりながら不安と戦っておりました。

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7月14日 入院17日目 尿の色に変化が現れる

この頃になると熱もだいぶ治まってきており、37度後半をキープできるようになってきていました。

血液検査の結果も白血球は正常化。炎症の値であるCRPも25→14まで減っていたので、ガッチリ抗生剤が効果を発揮してくれていました。

また血小板の値も徐々にではありますが回復してきていたので、50%の確率だった寛解率ですが良い方の50%に当たれたようです。

ただ、腎臓の状態をみるクレアチニンの値だけがドンドン悪くなっていっているのが気がかりでした。先生もそこをかなり気にされていました。と言うのも腎臓は一度悪くなってしまうと元に戻らないという臓器であるため、これ以上悪くなると透析が必要になるらしく、それは本当に勘弁してほしいなぁという気持ちでいっぱいでした。

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7月13日 入院16日目 予断をゆるさないが、白血球が正常値に!

色んな処置を終えて2日目。

前回の血液検査が悪過ぎた為、毎日血液検査が行われるようになりました。

私の中では1日の中で40度の熱が繰り返し出る苦しさが無くなっただけでもかなり楽になっていたのですが、合併症として出てきたDIC(播種性血管内凝固症候群)や急性腎障害の影響が良くなかったらしく、先生方は気をつけて様子を見てくれていたようです。

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7月12日 入院15日目 採血の結果に驚愕!緊急処置が行われる

12日の朝を迎えました。

どうやって迎えたのかは分かりませんが、とにかく長い土日の期間が終わったのです。

私の意識は半分ありませんでした。

朝の6時に採血があったのですが、採血をされた記憶もありませんでした。

朝8時半、教授回診が始まりました。
外はクソ暑い中私は極寒にいるような毛布に包まった格好で回診を受けました。

教授から体調は?と聞かれましたが「40度から下がりません」と言ったような気がします。これもハッキリとは覚えていません。

教授が「これはおかしいぞ」と言って出ていくのをぼんやり見送っていました。

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7月11日 入院14日目 熱は続き、尿の色はコーラのように濃く染まる

夜が明けて7月11日。

もうこの日は本当に意識があるのか無いのか、夢か現実か分からないくらい朦朧としていました。
正直、この日1日を過ごす自信がないくらい衰弱しており、家族に向けて遺言のような文章をスマホに打ち込んでいました。

そんな弱気になっている自分を支えてくれたのは、家族や知り合いからの応援のメッセージでした。

「ここで諦めて、死んでしまっては皆んなに申し訳ない!」

と奮い立ちながら必死に意識を繋ぎ止めておりました。
しかし、何度目かの40度を超えた時、本当にこれはヤバいと思い妻にLINEのビデオ通話をかけ、声は出せませんでしたが、画面越しにメッセージで

「自分にもしもの事があっても頼んだよ!」

と伝えました。

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